流月亭 ◇御題◇
BASARA風味な日記&模造創作忍びが中心のサイトです。苦手な御方様はご注意ください。

◇御題◇
冬之抄


三十六、 寒椿


全てが終わった世界の中で、ろくでなしの、男が一人。


相棒サイトとのコラボ
小助と望月。
彼等二人の、ラストの話。

シリアスですが、割と淡々としているので長さは少し短めです。
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椿の色は、人の想(おもい)の彩(いろ)だと云う。
ならば今、手から零れた紅(くれない)は、己のどういう想を含んでいたのだろうか
解らぬ儘(まま)に呟いたのは
たった一言、手向けの言葉。

















寒椿 【かんつばき】 


















雪の降る中、望月六郎は其処に居た。
冬にしては珍しく、凩(こがらし)一つと吹かない日。
けれども降り来る雪は皆、大きく重く、周囲(まわり)の音を吸っては膨らみ落つばかり。
(おお)きな丘とも小さな山とも言えるような場所なのだからか
(しん)、と冷えた空気も氷も、痛い程に清らかで
(きし)り、足を踏み出せば
雪白色(せっぱくいろ)に染まった大地が、か細い霜の音を出す。


此方の世界の大戦(おおいくさ)を知ったのは、ほんの少し前の事。
何時からか、何処か彼方は世界全土が危うい空気になっている、緊迫しているようである。
彼方の真田は豊臣は、冬にあった戦にて、徳川との和議を成した筈だのに
・・・近いうちに又何か、迚(とて)も大きな物事が、動き起こる雰囲気だ。
難しそうにそう呟いたのは、頻繁に此方へと出入りをしていた伊三であったか。
其の言葉を皆が受け、深刻加減を予感して、
なれば我等は直(ただ)ちに援軍援助をするか。それとも無暗(むやみ)に世界を歴史を乱さずに、暫(しば)し彼方に渡る事を控えるか。
皆で集まり、幾度か話し合いをして。答えも出ぬ儘(まま)、一つの旬が終わりを告げて
我等にとってはそんな僅かな経過の中、ほんの数日だけの最中(さなか)で―――
その戦は、起きたという。

同じ世界で、違う世界。
同じ世情で、違う皆。
己の生きる此の世と違う場所であるのに、同じ男を主君とし、同じ十勇士との名乗りを見せ、同じ名前を持つ存在。
そんな彼等の事を知り、出会い、笑って酒を飲んだは―――我等の世では僅かな昔であったとしても―――
此方の世では、もう幾年(いくとせ)も、前の事。

気がついたのは、何時だったのか。
我等の世界と彼等の世界は、同じなようで矢張り違っていたことに。
我等が朝なら、彼等は夜。
我等が夏なら、彼等は冬。
此方(こなた)で一年経った頃には―――彼方(かなた)は二年が過ぎて居た。
流れる時間が、進む速度が、季節の歩みが
時代と世界の歯車が、彼方と此方、気がつけば
まるで浦島太郎が如くに、非道く狂っていたのである。


流れ降る、六花牡丹(りっかぼたん)が落ちるのは、何時かの銀杏色(いちょういろ)の上。
結局あれから渡す機会も訪れないまま到頭返しそびれてしまった、薄い黄色の傘の上。
其れを僅かに傾(かし)げさせ、視界を少し広げてみれば
其処に在るのは、雪白銀(せっぱくぎん)に呑まれた塊(つちくれ)
色気も華も草すら見えない――――唯の雪の、盛りあがり。


 「偶にゃァ此方(こっち)の方からと、見舞うつもりで体調(からだ)ァ整(ととの)え出てきてみりゃァ・・・何だィこの体たらく」


視界を遮(さえぎ)る雪粒に、覆われ沈む此処は庭。
小さな寺だか庵(いおり)だか、煤(すす)けた襤褸屋(ぼろや)の角である。
(しん)、と深い冷気の重みに耐えられず、今にも軋みが聞こえてきそうな屋敷には
先の戦を生き延びた、彼等の世界の伊三入道が住んでいた。
既にこの場は九度山でも、大阪でも勿論信濃の国でも無い。
生き長らえて、追っ手を逃れて何とか此の地へ着いたのだろう伊三入道は、前に会った時よりも遥かに細く窶(やつ)れていて。


生きて居たのか。
何とかね。
(ひで)ェ面(かお)さね。
アンタもな。

よくも此処ォ突き止めたいね。
無礼(なめ)ンな此方にゃ報に敏(さと)い晴海伊三に儂も居る。


見舞いだよ、と、手持った物を差し出せば、其んなの要らねェ庭の隅に焼(く)べてきな、と
己と同じな口の悪さで返されて。


事の顛末、結果に結末。知ってはいても終(しま)いに何処へと行ったのか
それは多分、アンタ達でも知らない事であろうから。
だからアンタは、態々(わざわざ)此処迄(ここまで)来たンだろ。


重ねて乗せた言の葉に、含みと嗤(わら)いとほんの少しの憂いを滲ませ
そうして伊三が指(しめ)した場所が、此処の一角、庭の隅であったのだ。


 「侘しい庵(いおり)に淋しい場所に、更にそんなァ隅ッこに。何処迄(どこまで)引っ込み思案なンかァ知らねェけんど」


ほたほたと、埃(ほこり)のような芥雪(ごみゆき)が、銀杏色を埋め染める。
尽きることない顕(しろがね)が、浸す世界は何処までも、静謐(せいひつ)過ぎて空っぽで。
風の一つと吹かぬ此処は其処だけが、切られたように刻(とき)を停めているかのようで。


 「随分小さく、なりゃァがって」


墓標も菩提も何も無い、止めた時の成れの果てをば見下ろして
月を名に持つ男は思わず、ぽつりと小さく独り言(ご)つ。


其処に在るのは――――墓である。



戦の結果を知ったのは、つい数日前の事。
報せは決して良くは無く、犠牲も出たと、其れが誰だと知ったのも、矢張りその刻(とき)だっただろうか。
其れから数日、体調(からだ)を整え旅の準備も済ませた後に、久方ぶりに此方の世界へ赴けば
たった数日、其れだけで
夏の終わりの己(おの)が世界と矢張り違った此方の刻(とき)
とうに夏も終え果てた、それも戦の終わりから、長い月日も越えていた
・・・そんな真冬の、盛りの頃へと成っていたのだ。


 「こンな物だけ残していって、それで手前ェは左様ならッてか」


最早問うても詰(なじ)っても、決して応えぬ土塊(つちくれ)へ、ぽつりと小さく吐き捨てる。
それがどんなに無意味な事で、無駄な事だと知りつつも
それでもどうして人は己は、ただの土へと言葉を落とし、気持ちを寄せたくなるのだろうか。
心の隅で嗤(わら)いつつ、それでも漏れ出る言葉は止まず
月を名に持つ男は静かに、己の手元へ目を移す。

先の伊三より去り際に、手渡された油紙。
中にあったは迚も見知った、冷たくなった髪の束。
戦に出る前、彼奴は此れを切り落とし
後々どうか渡してくれ、と伊三に頼んだ物だと云う。
彼奴の気持ちが覚悟と成って、そして形見へ成り落ちた。
そんな想いの成れの果てだと、添え言葉として伊三入道はそう言った。


 「何が――――覚悟だ」


髪の束をば握り締め、呆れた顔でそう呟く。
顔も姿も存在も、亜ッと言う間に消しといて。
何も言わず、何も告げずに
こんな物だけ、残しておいて。

(ふう)と白い息を吐く。
僅かに濡れた霧靄(きりもや)は灰色だけの世界の中へと音すら立てずに消えるだけ。
音も刻(とき)も停止した、芥(あくた)が静かに積もりゆく
そんな只中(ただなか)傘を上げ、遠くの空をば仰ぎ見た。


・・・・ろくでなしの、男が居た。
己の事を言葉で出せぬ、臆病者の男であった。
図体ばかりでかくして、肝は心はちっぽけで。
口があっても不器用で、想いの一つと、告げられず。
到頭最後に成ってまで、口から出せずに埋められた。
臆病者の、成れの果て。


見舞いついでの手土産に、と持ってきた、手折った椿を掌(て)に乗せる。
赤、と一つに括れぬような、紅に染まった冬椿。
もっと素直に自分の心を告げる事が出来ていたなら、或いは違った末路があったのかもしれない。
けれども酷く不器用で、非道く臆病者である
彼はそして己自身は――――結局こんな遠回りなやり方でしか、己の事を語れない。

たった一言、それで良かった。
それでも一言、告げる事なそ、欠片を口にする事すらも
己達には、出来なかった。


手元の椿に視線を落とし、月を名に持つ男は一人、眉を顰(ひそ)めて眼を閉じる。
吐き出す声は停まった世界で掠れ消え、幽(かす)かな銀で、濡れていた。、




 「どうして、いつも。・・・何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も」





もう少し、生きてて欲しいと思った奴は――――





けれども言葉はそれ以上、続く事は終(つい)ぞ無く
臆病者の男は一人、色の消えた世界に浮かぶ椿の紅へと唇(くち)を寄せ
(かす)めるように、触れ置いた。
そしてそのまま手元を傾(かし)げ、滑るように紅(くれない)を真白の中へと転(まろ)ばせて
静かに背中を、向けて去る。





椿の色は、人の想(おもい)の彩(いろ)だと云う。
ならば今、手から零れた紅(くれない)は、己のどういう想を含んでいたのだろうか
解らぬ儘(まま)に呟いたのは
たった一言、手向けの言葉。






 「――――ばかな男」











ばかな、ひと。
















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あとがき)


想紅(おもいくれない)=椿独特の深い赤色を指す言葉。
意味=情熱と潔さ



※寒椿 【かんつばき】 寒中に咲くツバキ。

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