流月亭 黄鶴樓送孟浩然
BASARA風味な日記&模造創作忍びが中心のサイトです。苦手な御方様はご注意ください。

黄鶴樓送孟浩然
碧使様へ。のほほん日々様へ。
お誕生日のお祝いも兼ねて、捧げさせてくださりませ。


誰かと誰か。
誰か視点のお話です。


今回、わざとですが色々な描写をとことんカット致しましたので、いつも以上に読み難いです。
「 」付きの台詞は無く、文脈などもトチ狂わせ、主語なども省いて書かせていただきました。
ですので結構推理が必要という、なんとも優しくない仕様となっております。
そしてとっても淡々としております。


お前それ本当に捧げものなのか?なんてツッコミはしちゃいやんな方向で。
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故人西辭黄鶴樓 (こじんにしのかた おうかくろうをじし)
烟花三月下揚州 (えんかさんがつ ようしゅうにくだる )
孤帆遠影碧空盡 (こはんのえんえい へきくうにつき )
唯見長江天際流 (ただみるちょうこうの てんさいにながるるを )
               ――――<李 白>

















黄鶴樓送孟浩然 【おうかくろうにてもうこうねんをおくる】















花の頃、久しき国を訪れる。
あれから何年経ったのだろうか。
懐かしいとも思える此処は、然(しか)して相も変わらずで
記憶に残るそのままの、姿形に賑やかさ。
まるで刻(とき)が止まったように変化の無しなる此の国は、今の己にとってはまるで桃源郷にも見える程。
花に霞(かす)む空色に、淡く烟(けぶ)る桃の彩(いろ)
柔らかなる縁の風に撫でられて、矢張り久しく感じられる茶屋の暖簾をくぐってみれば
記憶と全く変わらない、老いた様子も見せない女将がにかりと明るく笑い来る。

いらっしゃいな、旅人さん。

迎えてくれたは、初対面なる其の言葉。
当たり前だが女将は己に気付かない。
そんな事実を、思い知る。
(ああ)。矢張り此の世界では、己だけが変わり果てて仕舞ったようだ。

外の敷(しき)へ腰を掛け、日溜りのように暖かい女将と暫(しば)し言葉を交わす。
己も又、女将(かのじょ)とは初対面だと見せかけ乍(ながら)
一人なのかと問われて頷き、これから西へ向かうと告げ。
二人でぽかぽかそんな事を呑気に言い合い、茶を啜る。
蕎麦の香りの、熱いお茶。
この辺りの名物ですねと呟けば、オヤうちの名物は蕎麦茶だけじゃあないんだよ、と
笑い乍、女将は店へと消えてゆく。
一息。
二息。
ふわり、花とは違う甘い香りを携(たずさ)えて、店から出てきた女将は言った。
うちの菓子は領主様にも大絶賛を頂く程の名物なのさ。
折角此処に寄ったんだ、一口だけでも食べていき。
そんな彼女の言葉に微笑み、にこにこ笑う其の手から、団子を一串、つまみ取る。

知っているとも、勿論、それは。
領主様の甘味好きも、此処の茶屋のお菓子の事も。
何回か、彼が此処で此の席で、にこにこ団子を頬張る姿も、己は見た事がある。

しかしそれは言わぬまま、己は団子を噛み締めた。
甘く柔(やわ)く、懐かしい。
美味しい、と。素直に言葉を漏らしつつ、己はしみじみ空を見る。
本当に此処は――――変わらない。


ふと突然、道の向こうで何やら騒ぐ声がした。
野次のような、喧嘩のような。
然乍(しかしながら)に剣呑な空気は見当たらず
道行く人もどこかしら、やれやれとでも言わんばかりに、或いはどこか面白そうに足を止め、声の方を眺める始末。
己の視線に気がついたのか女将も又、ああ、あれか、と、向こうを見乍呟いた。
アレもまあ、此処の名物っちゃあ名物かもね。
仕様が無いねと続けざまに言い置いて、女将は何処か困ったように道の向こうを見定める。
ハテこんなにも騒々しい、道行く皆がどこか苦い、暖かい眼で見るような名物なんてあっただろうか。
己の古い記憶の底を探り乍、団子を頬張り茶を干して、急々(いそいそ)お代(あし)を置いて立つ。
全くいつから己には、野次馬根性なんてものが芽生えていたのか。

ほのぼの溜まる春の景色に、其の喧嘩は異質のようで、似合っていた。
喧嘩。
(うん)。喧嘩である。
呆れたように笑う人が囲む中、もっとやれと面白可笑しく野次が飛び交う其の中で、男と女が対峙(たいじ)てたのだ。
所謂(いわゆる)痴話、という奴なのか。
ざわめく人の声や気配や物音に重ねて消されて仕舞う為、彼等が一体何故争い、何を言っているのかはまるで聞こえず解らない。
(ただ)矢張り、何かを言い合う男女も又、此処に集まる野次と同じく険(けん)なる空気は纏っておらず
本気の喧嘩というよりは、冗談紛(まが)いの其れのように思えてしまう。
が、しかし。
次に響いた大きく頬を叩いた音に、そんな思いは飛ばされた。
あちゃーと広がる人の声。
ありゃ痛い、と眉を顰(ひそ)める人の顔。
己も思わず眼を覆う。
あれは痛い。確かに痛い。
何てたって拳であった。
いくら女の細腕とは言え、ああまで力を込められたなら、そりゃあ見事に張り飛ばされても可笑しくない。
地に伏して少しぴくぴく動く男に、女は黙って背を向けて、漢らしくに歩いて去った。
・・・後に残るは人々の、生暖かい表情(かお)ばかり。
そんな男の姿を眺め、一寸(ちょっと)顔が引きつった。
いやまあ勿論、痛そうだとか放置だなんてそりゃ非道いとか、其れも理由の一つだったりするのだけれど。
あの男。
(あれ)は真逆、もしかして。

ああ、終わったみたいだね。
何時の間にやら隣に居たのか、先の女将が苦笑しながら言ってきた。
大丈夫だよ、問題無いよ。
(さっき)もちょいと言ったけれども、ありゃあ此処じゃあ何時もの光景。日常茶飯事みたいなモンさ。
だからそんなに心配そうにしなくたっても平気だよ。
くすくす笑う彼女と逆に、己は心底困ったように振り返る。
・・・あれが、日常。
あんな凄まじいものが。
しかもその当事者が、己のよく知る彼だとは。
躊躇(ためら)いがちに女将へと、己は一つ頼みをあげる。
ああまで明瞭(はっきり)気持ち良く、拳で殴り飛ばされたのだ。放っておいたらそれこそ非道い事になる。
己の言葉に女将は一瞬驚いて、それからにっこり、微笑み乍にこう言った。
・・・アンタも結構、心配性だね。

さぁさ喧嘩は終(しま)いだと、ぞろぞろ解(ほぐ)れる人を尻目に倒れた男へ歩み寄る。
どうやら意識はあるらしい。
見知った嘗(かつ)ての、己の知人。
彼もやっぱり己の記憶と変わり無く、己にとっての昔と同じ、姿形のままである。
(ああ)、痛たた、と緩慢(ゆっくり)身体を起こし乍に頬をさする、そんな嘗(かつ)ての知人へと、そっと布を差し出した。
冷たい水に浸した手拭い。
女将に頼んで、水と布を借りたのだ。

良かったら。と声を掛ければ、予想もしていなかったのか、知人はきょとん、と布を見て、只只(ただただ)ぽかん、とするばかり。
(つ)いで慌てて立ちあがり、否々(いやいや)そんな、其処迄大した物事じゃあ、といそいそ両手を横に振る。
どうやら彼も、己が彼の嘗(かつ)ての知人である事に、気付いていないようである。
腫れるから、と。
水も布も、先(さっき)ちゃんとあそこの茶屋から、綺麗な物を借りたから、と。
そんな文句を返したならば、彼は己の言葉に負けたか、申し訳無く思ったのか
おずおず布を受けとって、そのまま頬へと宛がった。
矢張り既に熱を持って居たのだろう。
気持ち良さげに瞼(まぶた)を閉じる知人の様子を、己もどこかホッとしながら見定める。
本当に此処は何もかも、誰もかれもが
悲しくなってしまうくらいに――変わらない。
然乍(しかしながら)に今の己を知る者は、此処には誰も。いないのだ。

そんな仄かな淋しさが、自然と顔に滲(にじ)み出た。
涙を堪(こら)える、ような表情(かお)
ああ、駄目だ。と思っても、春のような侘しさは中々抜けるものでもなくて
懐かしさと寂しさが、只只心に凍入(しみい)るばかり。
そんな己の様子に気付いたのだろう。嘗(かつ)ての知人は、訝(いぶか)しんで眼を開けた。
どうしたのかと問おうとしたのか、眉を顰(ひそ)めて口を開け。
そのまま一拍。
それから二拍。
己の耳に届いたは、え、と一言。驚き声。
素っ頓狂なその声に、此方も驚き面(おもて)を上げる。
果たして知人は声に違(たが)わず仰天顔で、己を凝視(みつ)めているではないか。

そこから更に、一つに二つ。三つに四つ。
きょとんとしながら注視(みつ)め合い、お互いえ、と漏らし合う。
あれ、真逆。
そう思ったのは、多分向こうも同じだろう。
あれ、いや、一寸(ちょっと)。一寸待ってそんな真逆。いやいやけれど、もしかして。
どうやら混乱してきたらしく、嘗(かつ)ての知人はそんな言葉を呟きながらに慌て始めた。
そんな様子を見ているうちに、己は逆に、少し頭が冷えてくる。
・・・そりゃあ、混乱するだろう。
己だって、嘗(かつ)ての知人がある日突然こんな風に変わり果て、急に己の目の前へ現れでもしたのなら。
うん。やっぱり最初は気付かないし驚くだろうし、己も視力も、現実さえもを疑うだろう。
頬を冷やして居た布を今度は額に押しあてて、否々々(いやいやいや)、と必死に首を振る彼に、同情にも似た気持ちが涌く。
確かに納得出来るまい。
己にとっては何年ぶりかの来訪だけれど、この世界の彼等にとっての月日の流れは
多分、まだ。
おそらくきっと――――そんなには。


頭を抱える嘗(かつ)ての知人のその肩を、無言で小さく突っついた。
再び此方を見る彼に、己はそのまま、指を差す。
己の頭。髪の毛を。
“其れ”に気付いたのだろう。今度こそに確信したのか明瞭(はっきり)と、知人は顔の色を変えて驚いた。
・・・気付いたのか。
気付いて――くれたか。
しかし気付く切欠が、真逆己の泣き出しそうな顔だったとは――。
己は笑った。
・・・微笑んだ。
すっかり変わった己の姿に、気付いてくれた嘗(かつ)ての知人へ
精一杯の、感謝を込めて。
それから己は、背を向ける。
そして其のまま、歩き出す。
・・・そろそろ旅を、続けねば。
己は急いで、西へと行かねばならぬのだ。
声すら無くして驚愕しながら固まっている嘗(かつ)ての知人を差し置いて、己は一人、淡水色(あわみずいろ)の空が広がる町の果てへと進み行く。
そんな己の背中を大きく叩いてきたのは、女将の見送る声だった。



気をつけて道中、お行きなね。
またおいでなね――――お嬢ちゃん。



振り向けば、女将はにこにこ笑い乍、大きく腕を振っていた。
そしてその隣には、漸(ようよ)う石化が治ったのか、嘗(かつ)ての知人が立っている。
急ぐ旅ではあったのに。
急ぐ旅ではあったけど。
こんな風に、己の行く背を見送る誰かがいてくれたのなら、
態々(わざわざ)此処に赴いて、こんな処で寄り道して
・・・迚(とて)も良かった。のかもしれない。

心の底から己は笑い、小さく腕を振り返し
深く、深く頭を下げた。





私の代わりに返事をしたは――――
しゃらり。髪を飾る“其れ”。














完。
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あとがき)

故人西のかた 黄鶴樓を辭し 
(親愛なる我が友は、西の地へと行くのだと)

烟花三月 揚州に下る
(花のけぶる弥生の頃に、船に乗って城から去った。)

孤帆の遠影 碧空に盡き
(友の使う船影が、やがて蒼なる空へと消える。)

唯見る長江の 天際に流るるを
(後に残った空へと届く果てない碧の大河の様を、私は唯々、見送った。)



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