流月亭
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御題 : 他国のお忍びご紹介 ~前回のその後~

in 北条陣営


風魔忍「・・・そんな経緯で俊足勝負を持ちかけに行った猪助ですが、どうやら相手方もその勝負を受けたようで、『うははははおらが勝ったしざま見ろ犬野郎』と言葉にならない言葉を倒れながら発している所を、先ほど死にかけの状態で発見しました」


小太郎「・・・・・・。

風魔忍(・・・あ、頭目が頭抱えた・・・)


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※風魔方よりお送りいたしました。

何故か小太郎に苦労忍(誤字ではない)フラグが立った。

※二曲輪猪助(にのくるわ いすけ)『落・乱』を知っている御方様ならニヤリとくるであろう御方です(笑)風魔忍者でした。
 時は1546年、場所は武蔵国(現在の埼玉県)。北条氏康(うじやす)の収める川越城と言う城は、関東を制圧するのに重要な城と言われていました。
 そこに目をつけたのが上杉氏。他の大名達と手を組んで、城を奪おうと約8万もの大軍でこの城を包囲致します。
 この時北条氏康さんは、この連合軍に和睦を申し出る事で時間稼ぎをしつつ、己の従える風魔忍者達にこの連合軍の敵情視察、内部視察を命じました。
 その際に任に応じたのが、この猪助だったのです。

 この猪助、足が滅法自慢でして、敵の情報を持ち帰ったりする時にその俊足がとても役に立ちました。
 ・・・が、戦は長期戦となってしまい、猪助は5ヶ月以上もの間、敵陣と北条陣営とを行ったり来たり。
 流石にこれだけ長い期間を動いていたりしてますと、「なんだあいつは怪しくないか?」と連合軍から思われてしまう訳ですね^^;
 とうとう猪助は連合側に「お前北条のスパイだろ!」とバレてしまい、慌てて自慢の足に任せて逃げ出しました。
 これを追ったのが、やっぱり足に自信がある連合側の忍者、太田犬之助(おおた いぬのすけ)。二人は何十キロにも渡って走り続けたのですよ。

 そこから先は、小ネタで書いた通りです(笑)
 ・追って追われて数十キロ。海岸にまで二人は辿りつきます。
 ・流石に息が続かなくて、このままじゃ捕まると危惧した猪助。ふと農家の庭に馬が繋がれているのを見つけ、慌ててこれに飛び乗り犬之助を何とかまいて、命からがら北条へと逃げ帰りました。
 ・その後、怒った犬之助より上杉(連合)軍に猪助を詠んだ落首が流れます。
 ・これに怒った猪助。なんとわざわざ犬之助を探して連合側へと乗り込み、堂々と俊足持続の勝負を持ちかけます。お前等何か違ってないか?
 ・俊足持続とは・・・まあ、どちらが長く走り続けていられるか、な勝負ですね^^;
  猪助はこの勝負に勝ち、犬之助はこの勝負で息が続かずなんと死亡してしまいました。


・・・ちなみに猪助ですが、後に伊賀へと赴き、風魔忍術を伊賀の者に教えたと言う記録がありました。
ま、まさか伊賀と風魔がこんな所で繋がっていようとは・・・!!!やるな猪助・・・!







狐白さんは来年もきっと忍び一途で参ります。マイナーだなんてわかってる。

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